水戸駅北口のバス停・乗り場 | 俺の夜行バス

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俺の 水戸駅北口

茨城県水戸市宮町1丁目3

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路線 10月 11月 12月
茨城~東京 2,430円 2,430円 -
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茨城の観光情報

  • 享禄年間、柿岡城主が那珂郡から神霊を八坂神社に移した日にちなみ、毎年7月の第4日曜日の含む土・日曜日に行われる祇園祭です。県内では珍しい民俗芸能である柿岡からくり人形をはじめとして、柿岡荒宿「ささら舞」や柿岡館「獅子舞」、山車がにぎやかに練り歩く八郷地区で最大のお祭りとなります。また、最終日の夜に繰り広げられる6台の山車の競演は見応えがあります。
    茨城県石岡市柿岡1857番地
  • 「石岡のおまつり」は正式には「常陸國總社宮例大祭」といい、創建千年を誇る古社・常陸國總社宮の最も重要なおまつりです。 例大祭は近世以降に様々な要素が加わり、今日まで発展してきました。延享年間(1744〜47)に奉納相撲が始まり、地域経済が急速に繁栄した明治時代前半に、豪華な出し物が街なかを練り歩く、現在の基礎が固まりました。当初は重陽の節句(9月9日)を中日とした3日間でしたが、1967年(昭和42年)に、新たに制定された祝日「敬老の日」(9月15日)を中日とする3日間に移行。さらに、ハッピーマンデー法に伴って「敬老の日」が9月第3月曜日となった2004年からは、現行の、9月15日および「敬老の日」を最終日とする3連休(計3〜4日間)に開催しています。「例祭」だけは、従来通り、毎年9月15日(固定)に行われています。 「おまつり」期間中は約40万人の見物客で市街地は大賑わいします。石岡のおまつりは、「正月やお盆には帰省しなくても、おまつりには帰る」と言われるほど、出身者にとっては思い入れのある祭りで、石岡市民にとって、1年間でもっとも熱くなる日です。 なお、歴史的な研究、学術的な調査研究内容は、櫻井明氏「常府 石岡の歴史」(1977年、石岡市教委刊)所収に詳述されています。 「関東の三大祭」については諸説ありますが、前述の「常府 石岡の歴史」によれば、1950年代初頭からうたわれ始め、かつて霞ヶ浦の水運で結びついていた千葉県香取市(旧佐原市)の「佐原囃子」、常陸国と武蔵国のつながりから武蔵府中の「大国魂神社」(東京都府中市)で行われている「府中暗闇祭」とあわせて、「関東の三大祭」と呼ばれるようになったとされています。 諸説の中には、その2:石岡のおまつり、佐原の大祭(千葉県香取市)、川越まつり(埼玉県川越市)。その3:東照宮千人武者行列(栃木県日光市)、秩父夜祭(埼玉県秩父市)、浜降(はまおり)祭(神奈川県茅ヶ崎市)などがあります。
    茨城県石岡市総社2丁目8-1
  • 祭神は武甕槌尊。配祀は月読命・菅原道真である。高浜神社は,県道沿いの低地にあり,古くから高浜の鎮守として尊崇を集めてきた。国府が現石岡市に置かれ,国司が都から着任すると当国内の大社に報告のための参拝や,毎年奉幣,祈願に参向する習わしがあった。常陸国では鹿島神宮が第一大社であったため,国府の外港である高浜から船で鹿島まで行くことになっていたが,天候悪化などで出航できないときは,高浜の渚にススキ,マコモ,ヨシ等の青草で仮殿(青屋)を造り,鹿島神宮を遥拝した。神殿は後世に,往古の遥拝所辺りに建てられたものである。
    茨城県石岡市高浜865番地
  • 祭神は,伊邪那岐命,須佐之男命,邇々藝命,大國主命,大宮比賣命,布瑠大神である。創建年代は不詳だが,社伝によれば聖武天皇の天平年間に勅命により,国家の鎮護として天神地祇の六柱を合祀したのが始まりとされる。総社とは通常国内の祭神を国府の地に集めて祀った神社を指し,地方における神祇祭祀において重要な役割を担ったもので,国府の宮などとも呼ばれる。当社は六所明神を祀る最も古い総社の1つである。 社宝には「常陸総社文書」「扁額三十六歌仙絵」「漆皮軍配」がある。
    茨城県石岡市総社二丁目8番
  • 寺号は明王山虚空蔵寺不動院。宗派は真言宗,本尊は不動明王(行基の作と伝えられる)である。 寺宝には15世紀,了伝が徳川家康の他界の諷経に参加して下賜された「妙法蓮華経」八巻や常陸府中の山口次郎衛門の寄進した後光明天皇の書簡である宸翰がある。また,密教独自の法具のひとつで,県指定文化財の宝塔鈴や,市指定文化財の木造不動明王及び二童子立像,木造阿弥陀如来坐像もある。
    茨城県石岡市若宮二丁目4番
  • 山院寺号は,金剛山密巌寺寶持院といい,宗派は真言宗豊山派に属する。本尊は聖観世音菩薩である。文安元年(1444)甲子2月12日,宥辨上人の開基である。寺には皇空上人の作といわれる寺宝,聖観世音立像(高さ1.17m)などがある。また,往時の遺跡を伝える多数の供養塔があり,染谷・高倉・粟田等の地域の善男善女による観音信仰が高まったことをうかがい知ることができる。境内の規模は1
    茨城県石岡市染谷986番地
  • 染谷鹿島神社
    創建不詳ながら武甕槌命を祭神とし,また豊受姫命・市杵島姫命・足伸彦命・気長足姫命を併せ祀っている。境内の規模は,約5.4haあり,東北方に土塁を巡らし,後方に猿田彦命・金山彦・御嶽山・山国狭槌尊の石碑がある。本殿は,流造りで,拝殿は間口7.2m,奥行3.6mある。手水舎の外に天保14年(1843)建立の鳥居がある。例祭は10月15日で,当日には老若男女が訪れる。収穫の時期と重なるので,豊穣の歓びを神に捧げる
    茨城県石岡市染谷1017番地
  • 村上佐志能神社
    祭神は日本武尊と闇龗神の2神である。創建年代は,はっきりしないが,『日本三代実録』に仁和元年(885)9月7日戊子,授かるに常陸国従五位下,村上神社従五位上とあることから,かなり古い創建と思われる。社殿は,しばしば火災に見舞われたが,その都度再建され,明治16年4月,現社号となった。龍門・君門の2穴があり,甚だ深くて底が分からない。これより清水が湧出し,村上の人々の飲料水や灌漑用水となったといわれている。境内に「御神水」の碑があり,今も少量ながら水が湧出している。5.2haの境内に本殿・拝殿・幣殿などがある。
    茨城県石岡市
  • 祭神は豊城入彦命と高龗神の2神である。高龗は村上佐志能神社の闇龗神と同胞であり,共に龍神と称し雨の神である。闇龗神を俗に陽龍神(雄)といい,高龗神を陰龍神(雌)ともいう。東国の鎮定に大功をたてた豊城入彦命(崇神天皇の子)の玄孫,荒田別命の子孫,佐白公が新治国造に任ぜられたとき,祖神を祀るために,佐白の山に社を建てたといわれる。4月19日の例祭日には,「十二座神楽」という里神楽が奉納されている。十二座には「豆まき」や「種まき」などの舞があり,当時の主産業であった農業と密接な関わりがあることが分かるものである。
    茨城県石岡市染谷1856番地
  • 石岡市の最北端,恋瀬川の源である板敷山の麓に,浄土真宗本願寺派板敷山大覚寺がある。青屋根の本堂左側の奥の庭園は,中央の池に清水を満たし,池の周囲に松や紅葉や他の古木と自然石との調和が整い,梅,あやめ,睡蓮などが,節に応じた花の薫りを漂わせている。この庭園は「東西南北のいずれの方から眺めても裏見無しの庭」とも評されており,庭園文化の優雅さを味わうことができる。境内には,一茶の「秋のねや祖師もかような石枕」の句碑もある。
    茨城県石岡市大増3220

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