金沢駅西口ロータリーのバス停・乗り場 | 俺の夜行バス

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俺の 金沢駅西口ロータリー

石川県金沢市広岡1丁目917

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金沢駅西口ロータリーの乗り場ガイド|夜行バス・高速バスの路線

金沢駅西口ロータリーからは東京・千葉・京都などへ19便の夜行バス・高速バスが出ているぜ。東京・千葉・京都などからの19便が到着するぜ。

金沢駅西口ロータリーから出る夜行バス・高速バス

行き先便数出発時刻最安値
東京行き 10便 21:15〜23:10ごろ 3,000円〜
千葉行き 6便 21:15〜23:10ごろ 3,000円〜
京都行き 3便 22:10〜23:20ごろ 3,700円〜
三重行き 3便 22:10ごろ -
神奈川行き 3便 21:25〜22:30ごろ 3,000円〜
大阪行き 2便 22:55〜23:20ごろ 3,700円〜
愛知行き 2便 22:10ごろ -
埼玉行き 1便 22:30ごろ 3,000円〜

金沢駅西口ロータリーに着く夜行バス・高速バス

出発地便数到着時刻
東京発 10便 7:15〜8:35ごろ
千葉発 6便 7:35〜8:35ごろ
京都発 3便 5:30〜6:50ごろ
愛知発 3便 6:50ごろ
三重発 3便 6:50ごろ
神奈川発 3便 7:15〜8:00ごろ
大阪発 2便 5:30〜5:45ごろ
埼玉発 1便 7:45ごろ

主な運行会社:青木バス(14便)、桜交通(6便)、オー・ティー・ビー(4便)

※便数・時刻は掲載中の便の設定から集計したもので、最安値は今後60日間で空席がある便の料金だ。最新の情報は各予約サイトで確認してくれよな。

石川のバス停一覧

石川発の路線一覧

路線 10月 11月 12月
石川~埼玉 3,000円 5,600円 -
石川~千葉 3,000円 3,800円 4,200円
石川~東京 3,000円 3,800円 3,800円
石川~神奈川 3,000円 3,800円 -
石川~富山 1,300円 1,300円 -
石川~岐阜 8,000円 8,000円 8,000円
石川~愛知 2,800円 2,800円 -
石川~三重 6,200円 6,700円 -
石川~京都 2,500円 2,500円 3,580円
石川~大阪 2,500円 2,500円 3,580円
石川~徳島 7,200円 7,200円 7,200円
石川~香川 7,200円 7,200円 7,200円
石川~愛媛 7,200円 7,200円 7,200円
その他の路線はこちら

石川の観光情報

  • 市花木である「椿」を愛でる祭典で、会場は市内の民家から収集してきた椿でいっぱいになります。椿は何百種類も品種があり、色・形が様々で来場者の目を楽しませてくれます。また、椿を題材とした作品展示もあり、椿の魅力が満載です。
    石川県野々市市野々市市文化会館フォルテ周辺
  • 野々市豊年野菜神輿
    明治の頃、天災や病害虫で農作物に多くの被害が続き、農民が非常に困り、有志が相談し農作物で神輿を作り、氏神様に献上し五穀豊穣を祈願した。以来、様々な工夫と改良を重ね、現在では野々市市本町2丁目の若連中が中心となり様々な農作物で飾られた「野菜神輿」が市内を練り歩き、布市神社の秋季例祭に奉納されています。
    石川県野々市市本町2丁目
  • 毎年8月1日に近い土日に開催される市の代表的なイベントの一つ。多彩なイベントや飲食テナントの他、夜には「じょんから踊り大会」が開催されるなど、野々市の夏を一層盛り上げている。
    石川県野々市市野々市市文化会館フォルテ周辺
  • 野々市じょんから節
    「野々市じょんから節」は、本町地区に古くから伝わる盆踊りで、以前は8月14日・15日に踊られていました。現在は、7月終わりから8月はじめにかけて行われる「野々市じょんからまつり」の期間に唄と踊りが繰り広げられています。この踊りは、室町時代の頃から野々市で行われていたとされる御贄祭(おにえまつり)(枋葉祭か)で演じられた神楽舞の「御贄踊り」に由来する説、江戸時代に幸若の古浄瑠璃と都都逸系[どどいつけい]の特に真宗門徒と関係した「歓喜嘆(かんぎたん)」、「くどきぶし」などが加わってできたという説があります。じょんから節(地域によっては「じょんがら」ともいう。)は、全国各地に分布しています。市内には「御経塚じょんがら節」「郷じょんから節」「富奥じょんから節」、市外にも「下柏野じょんがら節」、「森本じょんから節」などがあります。しかし、曲や歌詞、踊り方などはそれぞれ全く違っていて、盆踊りとしての大衆芸能が、地域ごとに発展し根付いていったことを示しています。
    石川県野々市市
  • 住吉の宮は現在の布市(ぬのいち)神社にあたり、もとは富樫郷住吉神社として、旧一日市通・中通・六日通(一日市町・中町・六日町 現本町2・3丁目)の鎮守でした。この神社は、寛弘[かんこう]6年(1009)または康平6年(1063)富樫家国が野々市に館を構えた際、敷地内に社殿を造営したものと伝えられています。大正3年(1914)、旧西通(西町 現本町4丁目)の鎮守であった照日八幡神社と旧荒横通(荒町 現本町1丁目)の鎮守であった外守八幡(そでもりはちまん)神社を合祀して布市神社と改名しました。同時に旧北国街道と押野へ向かう道の交差点にあった辻宮と住吉川の上流にあった天神堂もこの社地に移転しています。外守八幡神社の由来は不明ですが、照日八幡神社は建久年間(1190〜98)に富樫家春が勧請し、天正年間(1573 〜91年)に本町4丁目に移ったと伝えられ、1918年(大正7年)、社跡には当時の社標とともに新たな碑が建てられました。住吉の宮には市指定文化財の脇差(銘信長)が伝わり、社地には、市指定天然記念物の大公孫樹[おおいちょう]、江戸時代に日照りで水が不足したとき町内を担いで廻った雨乞石(別名、弁慶の力石)、京都聖護院の道興が文明18年(1486年)に野々市を通過したおり詠んだ、「風をくる一村雨に虹きえてのの市人はたちもをやまず」の歌碑がみられます。
    石川県野々市市本町二丁目1番1号
  • 末松廃寺は660年頃に建立(こんりゅう)された北陸最古の寺院です。1937年(昭和12)に塔心跡や金堂跡の調査が行われ、1939年(昭和14年)に国の指定史跡となりました。伽藍配置は法起寺式で、金堂の規模は東西19.8m、南北18.4mと飛鳥・白鳳時代においては一般的な大きさですが、塔の一辺は10.8mと非常に大きく七重塔と推定されています。この巨大な寺院を建立したのは、北加賀を中心に一帯を支配した豪族「道の君(みちのきみ)」という説や、南加賀の豪族であった「財部造(たからべのみやつこ)」などの説があります。1961年(昭和36年)には金堂脇の水路で和同開珎銀銭が発見されました。和同開珎は日本で最初の流通貨幣と言われ、特に銀銭は和銅元年(708年)8月から翌年の8月までという短い鋳造期間のため貴重なものです。この発見が契機となり、史跡の公園化に向けた本格的な調査の実施が望まれるようになり、1971年(昭和46)に全国で3番目の史跡公園として整備されました。ふるさと歴史館には、末松廃寺の調査をもとに復元された模型があり当時の壮大な様子をうかがい知ることができます。
    石川県野々市市末松二丁目
  • 御経塚遺跡は、縄文時代後期の中頃から晩期終末の3700年〜2500年前頃に営まれた集落遺跡です。手取川扇状地北端の湧水地帯に立地する集落は、河川を挟む環状集落の形態で、地域の拠点集落であったことが知られています。発掘調査では竪穴住居、掘立柱建物が検出され「御経塚式土器」をはじめとする膨大な土器・石器が出土しました。出土品は、隣接するふるさと歴史館にて、保管・展示を行っています。史跡公園内では、復元した竪穴住居を展示し、当時の生活の様子をご覧いただけます。
    石川県野々市市御経塚一丁目
  • 喜多家はもと高崎姓の越前武士で、貞享3年(1686年)に野々市に移住して灯油の製造販売業を始め、代々油屋治兵衛を名のっていました。幕末からは酒造業に変わり、昭和46年(1971年)まで営んでいました。喜多家の建物は、明治24年(1891年)の野々市大火で一部を残してすべて焼失し、現在の建物は金沢市材木町の醤油屋田井屋惣兵衛の主屋を買い求めて移築し同年の11月に完成したもので、移築時に、座敷まわりなどが整備されたほかは、移築前の旧態を各部によく残しています。表構えは、2階に太い格子がはいり、両側に袖壁が付き、1階はきわめて細い加賀格子をいれ、庇先にはサガリが取り付く加賀町家の典型です。入口を入ると前方は通りニワとなり左手にはオエがあります。オエは間口2間、奥行き5間の板敷で、大きな囲炉裏が切られており、囲炉裏の中には波をイメージした美しい灰形が描かれています。奥には座敷と茶室があり、そこからは優美な庭園を眺めることができます。主屋の構造が、旧山川家住宅(元金沢市竪町:金沢市湯涌荒屋町に移築)の構成と似ていることから、江戸時代後期に建てられたものとされています。この建物は、加賀地域に残る最も古い町家形式の建物として貴重なもので、金沢に深く根をおろした茶の文化に裏付けされた風雅な趣をもつ金沢町家の最高の家として評価されていることから、重要文化財に指定されています。
    石川県野々市市本町三丁目8番11号
  • 管内では重要文化財の御経塚遺跡出土品をはじめ、市内の縄文時代〜中世の遺跡やその遺物、加賀守護富樫氏の関係資料などを展示し紹介しています。また、土器づくりや勾玉作りなどが体験できます。
    石川県野々市市御経塚一丁目182番地
  • もとは旧石川郡村井村の樋爪(ひのつめ)に安政年間(1850年頃)に建造したとされる農村の商家で、表構えは町家、間取りと構造は農家という複合建築物です。現在は、「旧魚住家住宅」として市指定文化財となり、野々市市の郷土資料館として、農具や民具を展示し、当時の人々の暮らしの様子を伝えています。
    石川県野々市市本町三丁目19番24号

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